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2018.05.13 (Sun)

10年後の更新・・・(^_^;) ビクトリア店名の由来

prm1511080016-p3.jpg 



10年一昔とは良く聞く言葉ですが・・・

こちらのブログ10年前に始めたブログですが。。。



ずっと忘れてました・・・(*_*;



この間にツイッターやfacebook。インスタグラムと情報を発信するツールが


次々に出現し、あっちにふらふら、こっちにふらふらしとりました。



深く反省。



という事で10年前に少し触れておりました、ビクトリアという店名の由来について


ご紹介致します!



ビクトリア店名の由来











私の祖父にあたる加藤米吉は、一念発起し、大正10年頃、当時の満州哈爾濱へ一家で海を渡りました。

現地では醤油屋をしていたと伝え聞いております。

哈爾濱で生まれ育った父ですが、哈爾濱は地理的にロシアとの国境付近に位置しており、ロシア
の影響を強く受けている地域でした。


ロシア人が多く住み、ロシア正教会や学校、ロシア料理の店などが多数あったそうです。

その中でも加藤家のお気に入りの店があり、何かにつけて家族で通ったそうです。



そのお店の名前がビクトリア!!



幼少期の父にとっては非常に思い出深いお店だったのでしょう。

戦後引き揚げて来た一家は唯一の財産である家を売って資金を作ると叔父と共同で進駐軍相手のステーキハウスを下川端町にオープンさせます。




ちなみに店名はマルス(火星ですね・・・^^;)





これが大当たり!







オープン当初は、開店するのに精一杯で肉を仕入れる資金も無かったらしく、


オーダーを受けたら先に代金を受け取り、ステーキハウスの裏口から肉屋さんに走っていって肉を買い、ダッシュで店に戻って肉焼く・・・という漫画のような事をしていたらしいのですが、次第にお店が認知されると米軍の将校たちが女の子たちを引き連れて次々に来店する繁盛店となり、しこたま儲かったそうです。



時は流れ・・・


昭和29年、新天町の現在地に空きが出て、応募したところ幸いにも合格。

早速中洲のステーキハウスを整理して資金を作りました。

新しく店を開店するにあたり、前述の叔父のアドバイスで当時東京は浅草で流行っていた
釜めしに目を付け、博多で一番にやってみようと言う事になったそうです。


当然お店の名前を付けないといけません。

当時飲食店の名前には花の名前をつけるのが流行っていたらしく、叔父は
牡丹とか百合とかを勧めたらしいのですが、父はどうしても思い出の満州哈爾濱のお店の名前を付けたいという思いが強く、ビクトリアと名付けたそうです。





















以上がビクトリアというお店の由来です。







それにしても釜めしでビクトリアとは・・・







64年前にほんとにインパクトのある名前をつけたものですね(^_-)-☆










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17:07  |  未分類  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2008.05.30 (Fri)

福岡で一番!

皆さんこんにちは。二回目のブログです。
今回もビクトリアのちょっとした豆知識をご紹介致します♪


ビクトリアは、福岡の飲食店で、一番に冷房を導入したお店なんですよ。

釜めしと言えば、寒い季節の食べ物というイメージがあります。
事実、開店してから夏場は売り上げがガクンと落ちます。

そこで、店主が考えたのは、お店を涼しくして、暑い夏でも、釜めしを
召し上がって頂こうという事でした。

当時の冷房は決して安いものではありません。当時の心境としては、
まさに、「清水の舞台から飛び降りる」ような決断だったと思います。

結果は大成功!夏場でも涼しいと、評判を呼び、多くのお客様に、
暑い季節も、お店に足を運んで頂けるようになりました。


当時の冷房は『水冷式』で、冷房の為に井戸を掘り、水道代を節約すると共に、
今でいう「エコ」にも貢献していた事になりますね。

当時夏の一番の人気メニューが、かき氷の宇治しぐれと白雪(イチゴシロップにミルク)でした。
60代の方々には懐かしいかもしれませんね。
その後、調理場の人手不足で、かき氷を作る余裕がなくなり、残念ながら、ビクトリアの
夏の風物詩はなくなってしまいました。

懐かしいと言えば、こんなことはご存知でしょうか?
ビクトリアは開店当時から平成十五年まではお子様に風船を配っていました。

今でも、レジに立っていると、年配のお客様から、「小さい頃は、ビクトリアで風船を貰うのが、楽しみやったもんねえ・・・」と懐かしがられます。

今では、風船を飾るスペースもなくなり廃止致しましたが、代わりにレジで「ごちそうさま!」
と可愛く挨拶してくれた「よい子」には、シャボン玉をプレゼントしています。
今度是非、お子様にチャレンジして貰って下さい。

ビクトリア画像
14:15  |  歴史  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)

2008.05.09 (Fri)

釜めしビクトリアの歴史・・・。

皆様、はじめまして。
釜めし ビクトリアの歴史を綴るブログへようこそ。
ここでは、新天町で昭和29年以来、みなさまにおいしい釜めしを作り続けてきたビクトリアの歴史を紹介していきます。


では記念すべき第1回目、釜めしビクトリアの豆知識をみなさまにお届けいたします♪


今でこそ「福岡で釜めしと言ったらビクトリア!」なんてお客様がいらっしゃったり、「3世代にわたってファンなんです」というとてもありがたいお客様がいらっしゃったりしますが・・・

実は、ビクトリアは開店当時、喫茶店でもあったんです。

驚かれた方も多いのではないでしょうか。
実は、開店した当時のビクトリアは1階が喫茶店・2階が釜めし屋として営業していたんです。「ビクトリア」というちょっと洋風な店名も、喫茶店も兼ねていたためにこの名前になったとか・・・。

詳しいビクトリアの店名の由来については、また後日にさせていただくとして、・・・そんな感じでスタートしたビクトリアですが、その後釜めしを食べにいらっしゃるお客様がどんどんと増えたため、1階も釜めし屋として営業するようになっていった・・・というわけです。



写真は、とても貴重なビクトリア開店時の写真です。
1954年4月17日、ここからスタートしたビクトリアの歴史は今も途切れることなく繋がっているのです。
ビクトリア開店
20:28  |  歴史  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)
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